宵待航海

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読了。
2012-07-01(Sun) 19:06
音をたずねて音をたずねて
(2008/01)
三宮 麻由子

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江戸風鈴の職人、「117」で時報を告げる女性、ヤマハピアノ工場の調律師、花火大会、寄席、柘植櫛、テレビの音響効果マン…。
著者の三宮さんは「音の原風景」に迫るべく、さまざまな所へ行き、色々な人に会う。
「音の原風景」とは、人間の心の中に代々伝えられてきて、私達にも受け継がれている「大記憶」の音であると三宮さんは考えます。この人類が聞いてきた大記憶の音が感情を超えて聞こえていることによって、感情を調節してくれ、感情が調節されることにより、人間は豊かな時間を過ごすチャンスを与えられているのだと。

著者の三宮さんは“sceneless”です。これは三宮さんの造語で、全盲者の意味。
目の見えない方にとっての音とは、どのようなものなのか。

読み始めて、文章の美しさに惚れてしまいました。
的確な言葉、語彙の豊富さ、過不足の無いすっきりとした明晰な文章、それでいて温かみがある。
幼い頃に光を失われた三宮さんは、点字による書物と音声でこの文章力を培われた。
ロシア語通訳者の米原万里さんが、良い通訳者は母語(私達の場合は日本語)の能力も高いとおっしゃってましたが、三宮さんは英語・フランス語も堪能だそう。納得。

印象的なのは長岡の花火大会でのエピソード。花火の打ち上げの音で、上がった高さや大きさを推し量って、鑑賞されているのです。そうだ、花火はあの「音」も味わうべきものなんだ、と気づかされる。

人間は情報の80%程を視覚によって得ているらしいですが、「見える」ということで、他の感覚を使うということがおざなりにされているような気もする。
視覚以外の感覚を駆使したら、今、見えている景色も全然違う色を見せるかもしれない。
この本には、ありふれていて、普段は見過ごしていることを気づかせてくれるような豊かな「音」の世界が広がっている。

でも、テレビでお湯を注ぐ場面で響きの違いからお湯じゃない、水だ、と聞き分けられるのは凄い。
目で見ても湯気が出てなきゃわからないです。
音声の方がよりごまかしが効かないのかもしれない…。
映像って欺くものだし。


店じまい店じまい
(2008/09)
石田 千

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東京は、女性のひとり暮らしが様になる町だなー、と思う。(住んだことないのであくまでイメージですが)

それも、「若いのが取り柄です!」と堂々と胸を張れる年頃を過ぎた女性が、ひとり暮らして様になる感じ。
馴染みの商店街があり、食べ物屋があり、飲み屋があり、お風呂屋があり、そういう場所で、近過ぎず遠過ぎずの距離感で人と接して、自分に必要なものとそうでないものを見極め、等身大で、日々を淡々と過ごす。
出会いも、別れも、ひとりで飲み込んでいく。

この本には、様々な「店じまい」が描かれている。
「店じまい」にお別れはつきもの。ひととひとは出会うし、別れる。そんな別れが、少しの淋しさを滲ませながら、過不足のない文章で淡々と綴られています。

この方の文章は、リズムが独特というか、きっぱり、きりりとしたなかにもどこか柔らかい味わいがあり、とても素敵。



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