宵待航海

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そこに音楽があれば
2010-09-11(Sat) 23:38
クラシック音楽の知識は学校で習った事をうっすらと、あと「のだめ」くらい。
そんな私でも実に面白く読めました~♪
自分の暮らしと全く接点の無い世界の本を楽しく読めると、脳の新しい部分が開発されて脳細胞が増えるような気がします(※気のせいです)

『モノ書きピアニストはお尻が痛い』  青柳いづみこ

モノ書きピアニストはお尻が痛い (文春文庫)モノ書きピアニストはお尻が痛い (文春文庫)
(2008/11/07)
青柳 いづみこ

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ドビュッシーとラヴェルの違い、演奏することと書く事の両立について、ピアニスト的作曲家論、ピアニスト的演奏論など、音楽にまつわるあらゆることを話題に書かれてます。
なかでもスペインの「ピアノの女王」、アリシア・デ・ラローチャについて書かれた文を読んで、凄く心惹かれました。
身長150cmに満たないほど小柄で、手も小さいというピアニストにとってはかなりのハンデを克服し、古典から近代まで幅広いレパートリーの演奏はダイナミックなのだそう。
そして、加齢に伴う障害をも、現在の自分の手の状況を知りつくした上で最大限の効果をあげるように工夫して克服し、80歳で引退されるまで安定した演奏を維持されたらしいです。凄い。

“80歳になっても安定した演奏ができるのは、技術的なアプローチと知的な理解のバランスがとれているからだろう”

うーん、なんて格好いいのだ。

演奏家として、批評という行為の問題を考えておられるのもすごく興味深いです。

著者の青柳いづみこさんはドビュッシーを得意とされるピアニストでもあります。(本業は演奏家)
なおかつ文章も書いておられます。
なので評論にしても演奏家の目線での評論ということになります。間違いなくそりゃ説得力がある。
指を伸ばして弾くとか、曲げて弾くとかで音が変わるんだ、へー!(←ど素人ですからw)ということも知りました。
日本の批評家には共通する音の好みがあるので、調律によってある程度批評を操作することも可能らしいです(調律師の方談)
うーん…批評って、やはりその批評家個人の好みに左右されるんですねー。
音楽(だけでなくあらゆる文化活動を含む)の評価って、良し悪しじゃなく好悪なんだなーやはり、とど素人なりに納得。

“ピアニストは弾けるように弾き、作曲家は弾かなければならないように弾くのである。”
                (作曲家系ピアニストの演奏は、なぜ面白いのか?)

“なぜなら、そこには音楽が、いつも、ちゃんと、生きて、呼吸していたからである。
 音楽が呼吸さえしていれば、どんなにすっとばそうとぞろぞろになろうと、ダメな子、と思いながら私は
 ついていくことができる。その反対に、他のあらゆる条件をすばらしいレヴェルで満たしながら、この点
 だけについては時々いくらか不満なこともあるのが、極東の、とある経済大国で、今現在やっている、音楽…”
                          (ニースの桃の夢―マルセイユと南フランス)

こういうのを読むとにやりとしてしまいます(←性悪)クラシックもポピュラー音楽も一緒やん^^



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コメント
この本、めっちゃ面白そうですねー!
表現について自分の言葉で語られる話には
「おいしそうだな~♪」と思ってしまいます~。

絶対ありますよね、批評する側の好み(笑)
konatsumaruさんも美術をやってらしたら経験ありませんでした?
プロ対プロの話だけでなくても、先生と生徒レベルでも
批評者が変わると言う事が180度変わるなんてコト(笑)

批評も「生きて呼吸して」いないといけない。
「生きて呼吸して」いることは「愛がある」こと。
(ああ、「愛」っちゅう言葉がハズカシイ・・・)
どんな酷評だろうと「愛」がない批評はクソです。
(すみません、下品で。でも言い切ります)
記事最後の<ニースの桃の夢>にでてくる「音楽」という単語は
人のするすべての行為に置き換えられますね。
ほんとこの本はおもしろそうだなー。
URL | *若葉* #-
2010-09-12 17:06(Sun) [編集]

*若葉*様へ

こんばんは~♪

批評者が変わると言うことが180度変わる…ありますw
で、デキる子はその賞の審査員の好みを読んで、それに合わせた作品を作って
賞をもらう。(これも立派だと思います)

私は、どんな権威がある人にも創作物の良し悪しの判断なんて
出来ないと思ってたんですが、この本を読んでやっぱり好みなんだ!
と納得できました。

“批評する側の価値基準がはっきりしていれば、演奏するほうもそれを正しく
 解釈して、次の演奏に役立てることができる。演奏家は、本当に命をすり減らして
 弾いているのだから、批評するほうも、少なくともそれだけの心がまえで聴いて
 ほしい。”
表現者がこんな風に批評する側にきっちりと「物申す」というのは珍しいのでは?と
思います。読んでてスッキリします^^
「愛」の無い批評はクソ…。ホントに、世の中クソで溢れてますよ。

「ニースの桃の夢」に、
“音楽がその瞬間在るか無いかということについて、楽器演奏上の上手下手はあまり
 関係無いことが多い”という記述があります。で、音楽が呼吸していれば…のくだりに
繋がっていくんですが、これも読んでいて、そーだよねー!と嬉しくなりました^^

*若葉*さんはバイオリンやってたんですよね。
音楽の技術論的なことも書かれているので、私よりもっと深い読みができると思いますよ^^

長々と失礼しました~。






URL | konatsumaru #-
2010-09-12 23:05(Sun) [編集]

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