宵待航海

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いいなりになる。辛いこともあるが。
2012-12-23(Sun) 00:11
身体のいいなり身体のいいなり
(2010/12/17)
内澤 旬子

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38歳でステージⅠの乳癌になり、二度の部分切除、乳線全摘出、乳房再建と四度の手術を重ねた内澤さん。癌との向き合い方や、御自身や環境の変化が、淡々と書かれている。
言葉は悪いかも知れないけど、どこか他人事のような冷静さで。

“それになにより顰蹙を買うことを承知で言わせていただくと、人間なんてどうせ死ぬし、ほっとけばいつか病気に罹る可能性の方がずっと高い生き物なのに、なぜみんな致死性の病気のことになると深刻になり、治りたがり、感動したがり、その体験談を読みたがるのかが実のところ自分にはよくわからないのだ。そんな体験談なぞ癌になる前から読みたいと思ったこともない。
 それでもなお、自分の体験をまとめてみようと思ったのは、癌治療そのものだけではなく、今現在の自分が癌以前の自分と比べて以上に元気になった経緯もすべて書いてほしいと言われたから、ただその一点に尽きる。”
(P4~P5)


癌に罹るまでも腰痛やアトピー性皮膚炎などを持病として抱え、つねに身体のどこかがだるく辛い、そんな生活だったのに、病を得てからは逆にどんどん元気になり、普通の健康な人の生活ができるようになり、身体が元気になっていくと同時に仕事も順調になり、お金も入り、それまでの暗黒の身体・経済状態ゆえにあきらめていたおしゃれやお化粧など、普通の女性の楽しみにも挑戦できるようになっていく。

冷静で赤裸々で、突き放した書きっぷりに読んでてああ、辛いなあ、と思うところが多々。(深沢七郎の『楢山節考』に入ってる「白鳥の死」を思い出してつい読み返したw)

“保険が適用されるレベルで治療して、それでダメならダメでいいんじゃないのお?あきらめちゃダメですかねえ。
 自分よりお金がない人でも、借金をしてでも治療方法を探しまわる人がいるのも知っている。やりたい人はやればいいと思う。ただ私は自分がそこまでして生きる価値を見出せないだけだ。根拠なく(あるのかもしれないが、それは本人にしかわからないだろう。)生き残りたいと思うことを脊髄反射のように礼賛し、美談とする世の中なのだから、醜悪、根性無しと思われても一向にかまわない。”
(P75~76)


多分、こういう姿勢は、多くの人から非難を浴びせられかねないものかもしれない。
でもねー、私はこの考え方におおいに頷いたですよ。

生きることを選んで、あらゆる治療法を試すことももちろんありだし、経済的なことや諸々を含めてここまでの治療しかしない、というのもひとつの選択だと思う。

とにかく、自分の身体を人任せにしない、これって大事じゃなかろうか。

“四度の手術で私が得たこと、それは人間は所詮肉の塊であるという感覚であろうか。何度も何度も人前で裸にされ、血や尿を絞り出しては数値を測って判断され、切り刻まれ、自分に巣喰う致死性の悪性腫瘍という小さな細胞を検分されるうち、自分を自分たらしめている特別な何かへのこだわりが薄れてしまった。人間なんてそんなごたいそうなものではない。仏教の僧侶が言うとおり、口から食物を入れて肛門から出す、糞袋にすぎない。
 私のように意志ばかり肥大させて生きてきたような人間には、それはちょうど良い体験だったのかもしれない。独立した存在であるように思っていた精神も、所詮脳という身体機能の一部であって、身体の物理的な影響を逃れることはできない。私はそれを あまりにも無視して生きてきたんじゃないだろうか。”


“癌を通じて、私の意志は一度身体に降参し、身体のいいなりになるしかなかったのだ。”

“だから、これらの体験は私にとっては病との闘いというよりは、意思と身体との闘いであったと思う。これからは双方並び立つうまいバランスをとるように再構築していかねばならない。”
(P207~P208)


うーん。バランス、大事ね。いくら意思が強くて気合で乗り越えていこうとしても、身体は有限。限界があるのですよ。今って、身体と心、どちらか一方に比重が傾き過ぎて、色々と不具合が起こりやすくなってるんじゃないだろうか。心の具合が良くないとき、心のことはいったん忘れて体に働きかけたほうが良いとか。
心と身体、両方で人間は成り立っているのだから。

でも、経済的はな問題は辛いなあ。正直なところ。

しかし、旦那さんと「独立採算性」なのはいいけれど、お金の心配や体の痛みの話をしても、入院・手術・治療費がいくらかかったかも訊かず、一銭のお金も出そうとしない(しかも結構な月給をもらっていたらしい)配偶者って…。

“そういう関係性をこれまでよしとして築いてきたのは私の責任でもあるのだから、しかたがない”

読んでて、一番辛くなったのは、ここだったかもしれない…。

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